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おおいしだものがたり 第九話 河岸としての大石田 最上川舟運の発展と川船役所の設置

更新日:2016年3月25日

3.川船の減少と川船役所の設置

 大石田船は、290年ほど前の元禄末年には約300艘ほどありましたが、その60年あまりの間に享保の改革による川船制度の変更等により宝暦11年には、120艘と180艘も減少し、川船総数が半分以下となりその後も減船し続けたので、最上川の輸送秩序の維持が困難になりました。また川船差配をめぐって混乱が絶えず、既存の川船差配役制では限界に達していたため、幕府は、寛政4年(1792年)に大石田に川船役所を設置し、円滑な川船輸送と統制にあたりました。

 ここで、川船役所の機構について紹介します。川船役所は、幕府の勘定所に属し、尾花沢代官所(幕末には寒河江代官所)が直接管轄していました。川船役人として、代官所から手代か手附1名が派遣され、地元採用の下役2名からなっていました。また最上郡の清水に清水河岸出張所もおかれていました。川船役所の下に「大石田川船会所」が置かれ、惣代2名と月番2名が交替で詰め、川船役所の用向きにあたっていました。

 川船役所の業務は、円滑に最上川舟運ができるように川船統制を行い、川船関係の税金を徴収することにありました。明治5年(1872年)に最上川舟運に関する諸制度が撤廃され、自由航行となり川船役所の時代も終わりを告げました。
(文章 大石田町立歴史民俗資料館)

大石田で亡くなった川船役所役人・秋葉平太夫
(尾花沢代官所代官竹垣善佐手代、文政13年没、乗船寺境内)

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