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大石田町
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おおいしだものがたり 第十話 都市機能を持っていた大石田

更新日:2016年3月25日

1.4つに分割された大石田

 大石田は、山形藩鳥居氏領までは一つの村でしたが、寛永13年(1636年)から寛文8年(1668年)までに大石田の一部が3回分割されたため、元の村と合わせて4つの行政村に分けられました。大石田が分割された理由は、村山郡の所領の複雑さも原因と考えられていますが、何といっても大石田河岸としての重要性を領主側が重視した結果と考えられます。

2.惣町の成立と運営

 大石田がかつて一つの村であり、生活基盤が同じである住民にとっては、分割支配は不都合で、不便なことはいうまでもありません。そこで、分割による不便を解消し、共通の利益を守る必要から、行政上の単位ではなく四ヵ村の自治的な組織として「惣町(そうまち)」(「町方(まちかた)」とも呼ばれ、四ヵ村を「村方(むらかた)」と呼んで区別していました)を組織し、そして運営することにより町の自治を保っていました。惣町は、四ヵ村の名主・組頭の合計八人で構成され、各村平等の権利・義務を持ち、すべて合議制で運営していました。惣町の執行は、四ヵ村交替で年番制で行っており、特定の村に偏ることはありませんでした。また、大石田は出羽三山参詣人(江戸時代には「導者」と呼ばれていました)の主要な道筋の一つでありましたので、宿泊や乗船の場所となっていました。この業務を惣町が行い、それによって得た収益が、惣町運営の主要な財源となっていました。

 惣町運営は、月例の会議(これを「月並寄合(つきなみよりあい)」と称していました)により議決されました。議題は惣町運営全般にわたり、先学の研究によれば8項目に分類され、それは(1)町用心(防火・防犯・目明かし等)、(2)導者(賄定法・乗船定法・通路変更)、(3)舟運(差配役対策・難船破船・陸艫・運送)、(4)宿駅(問屋場・大名行列・道橋普請・旅宿)、(5)堰・用水(農業用水・飲料水等の普請)、(6)宗教的行事と俗信(虫送り・雨乞い・勧化等)、(7)娯楽(相撲・芝居・祭礼)、(8)気候(大雨と洪水・雨続き・日照りと農業・降雪等)です。

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