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おおいしだものがたり 第百十九話 「最上川舟運の話」 その33.幕府の直差配と船方役所の配置(1)

更新日:2016年3月25日

幕府直差配の背景

 民間の有力商人の差配による舟運が行き詰まる
 これまで最上川舟運は、幕府に対し冥加金を上納し、許可を得た者が権利を得て差配人となり、舟運を取り仕切る。その冥加金の額は競争入札によって決まる。即ち競争入札による請負差配役の制度によって舟運を運営してきた。それが、行き詰まり、民間の手に任せることができないようになってきた。その原因とされることはいくつかある。

1.船世話役と船持商人や船頭との対立が激しくなる。

 「酒田の戻り船には、下り荷物は積ませない事」という方運送の決まりであった。
 船の世話をする役人が、川船差配役や酒田湊の船持・船頭と結託して、この方運送の決まりを破り、不正を働くという事件が度々起こる。
 寛政2年11月、以下のような片運送違反事件に対する訴訟問題が起こっている。
 「最上船(大石田より上流の河岸で持っている船)が積み下すべき商人荷物を、酒田湊の船持・船頭と通じ合い、密かに酒田の戻り船を使って下している。それも商人たちからは定め運賃を取って置きながら、それを酒田の戻り船を使って安運賃で運び、その差額を船世話役が横領している。このことが原因で、最上船の仕事が減り続け、やがては営業不振に陥り、休船や潰れ船に追い込まれ、死活問題になっている。」という。

原告(訴訟人)
 最上船持商人 46艘 代表 大石田本町 安太郎
 最上船 船頭 75人 代表 大石田本町 重助
被告(相手)
 横山河岸船世話役 勘次郎(横山村)
 寺津河岸船世話役 吉左衛門
 本楯河岸船世話役 善蔵(楯西村)
 大石田河岸船世話役 又左衛門(四日町)
(『大石田町史 史料編2』所収、寛政2年12月「所用留」二藤部兵三郎家文書)

 訴訟相手の船世話役の4人は、宝暦10年以降、度々川船差配役も勤めた有力商人である。楯西村の善蔵は米沢藩の廻米請負人として、自らも手船13艘を所持する特権的な問屋商人であった。また大石田四日町の沼沢又左衛門は、元禄頃から幕府巡見使や諸大名の仮本陣となり、大石田宿の問屋総代を勤めた特権的な船持問屋商人であった。
(『最上川と舟運』所収、横山昭男論稿「幕府直営川船役所の設置とその機能」)

 横山村の勘次郎は戸沢上総介(新庄)領分
 寺津村の吉左衛門は池田仙九郎代官所(柴橋)領分
 楯西村の善蔵は平岡主水代官所(寒河江)領分
 大石田四日町の又左衛門は鈴木喜左衛門代官所(尾花沢)領分
それぞれ各領分の有力な船持問屋商人となっている。


大石田川船役所跡大門 最上川舟運の中枢として栄えた大石田には寛政4年に幕府の舟役所が置かれました。

執筆者 小山 義雄氏

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