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おおいしだものがたり 第百七十二話 川前の荷渡権現について(下)

更新日:2016年3月25日

 山形の双月地内にも、荷の受け渡しの無事・交通の安全を祈り荷渡し権現を祀った「荷渡神社」があったという。
 双月の地内には2筋の山道が通って来ていて、馬場や馬道川、宿などの地名があり、駅場であったと思われこの道筋で荷物の受け渡しなどが行われ、そこに権現が祀られたと考えられている。
 荷渡権現社は、おおよそ村の境や河川などの近くなどに祀られているが、川前では、八坂神社が明治12年(1879年)村社になったその後に、鶏権現と合祀になり、百日咳信仰を集めたと言われている。(注2)
 荷渡権現がなぜ百日咳信仰を集める権現であるのか、よくはわからないが、考えられるのは、荷渡権現・ニワタシゴンゲンはニワトリゴンゲンにその語音が似ていることから鶏権現と呼ばれるようになったのではと考えられ、また、百日咳に罹ると鶏が鳴くような苦しい咳をする。つまり鶏の鳴き声のような咳、シワブキをする。このトリシワブキをこの辺りでは、トリシャビキと言っている。このようなことで百日咳の病状トリシャビキから鶏を、さらに鶏から荷渡権現にと結びついて、祈りの対象にしたのではと言われている。
 荷渡権現を祀っている川前の八坂神社は、京都の東山にある八坂神社が本社であり、その祭神は、素戔鳴尊すさのおのみこと、又は牛頭天王ごずてんのうで、農の神、疫病除けの神として信仰されると言う。牛頭天王は、インド祇園精舎の守護神であり、日本では八坂神社の守護神となり、薬師如来の化身と称し、その垂迹すいじゃく(注3)が素戔鳴尊であると言われている。
 この社は、最近まで、冒頭に述べているように、川前楯の曲輪くるわに鎮座していたが、先年の東日本大震災の地震の際にこの台地に地割れが発生し、このままでは危険であるので、社を川前観音堂の背後の場所に新宮を造立し、平成26年7月に遷宮し祀った。
 鶏権現を合祀した前社殿には、壁面などに、鶏を描いた絵などが奉納されていたという。百日咳の祈りをした痕跡などもあったと思うが、現在の遷座した新社殿にはそうしたものは見られなかった。しかし、これまでの神社の跡には、祀りのときに納めたと思われる拳よりやや大きな穴のある石があった。この石はおそらくはトリシャビキの祈りが行われたことを語っている石と思うのである。
 川前の八坂神社は、荷渡権現神社として、川前と大浦間に奉安されていたが、度々の災害に遭うので、冒頭に述べたところに遷座された。そして、鶏権現を祀り、五穀豊穣と百日咳(トリシャビキ)平癒の神として信仰されてきていたのである。
 荷渡権現を訪ねてみると、地蔵尊や幸の神(猿田彦)あるいは八坂神社の祭神である牛頭天王というように、道や病気にかかわる神仏が現れる。川前の荷渡権現は、最上川右岸の村々との舟の道の安全を守護する権現として信仰されたなどを思うと、往時の最上川を巡る人々の往来の姿が彷彿するのである。

(注2)『大石田町史』上
(注3)垂迹 仏・菩薩が衆生を救うために、神の姿になり現れること。


現在の八坂神社

執筆者 歴史民俗資料館 板垣 一雄氏

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