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大石田町
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おおいしだものがたり 第二十二話 大石田町の歴史が記録されている貴重な史料について

更新日:2016年3月25日

 大石田町は、江戸時代から明治時代にかけて歴史的に大きな発展を遂げました。この時代の大石田の発展に大きな寄与をしたことの一つとして最上川舟運がよくあげられますが、その当時の姿が克明に古文書や絵画、地図に記録され全国的にも注目されている史料(歴史関係の資料)として、次の3件を紹介します。

1.大石田惣町関係文書(町指定有形文化財)

 この史料は、もと大石田町役場に保存されていた18世紀から19世紀末(江戸中期から明治初頭)まで、100年以上にわたる大石田4ケ村の自治関係の古文書群です。史料の総数は128点で、書冊78点、書状50点から成っています。
 この史料は、18世紀中ごろの大石田河岸全体を「惣町」として捉え、生活共同体の側面を全体として記録したもので、こうした史料は全国的にも少なく、たいへん貴重な歴史資料です。
 この中で、惣町寄合(概ね月例会であったことから「月並寄合」と呼ばれていました)・財政関係、用心方(消防・防災、警察)関係及び出羽三山参詣人(当時「導者」と呼ばれ、宿泊や通行が町の有力な収入源となっていました)関係史料が特に注目されています。


大石田惣町関係文書の内 「月並寄合記録」

2.紙本著色大石田河岸絵図(町指定有形文化財)

 この史料は、墨画を下絵とし彩色を施した絵図です。江戸時代後期のものと見られ、その当時の大石田の姿を鳥瞰できる歴史資料です。
 最上川に面して造られた全体の家並、寺社、とくに荷問屋の荷蔵は壮観です。また船着場の様子や舟役所の配置、舟運関係者が特に信仰したと伝えられている神社の一つ金比羅神社の姿もこの絵図から見ることができます。
 このような手法で描かれた河岸絵図は全国的にも珍しく、近世の河川水運の姿を知る典型的な史料として、高校日本史の教科書にも掲載されたことがある極めて貴重な絵図として注目されています。

3.最上川台帳副本切図(町登録有形文化財)

 この史料は、明治時代に全国の主要河川について、当時の内務省が企画し、陸軍省測量部(国土交通省国土地理院の前身)に作成させた河川地図で、正本は国(内務省)が所持し、副本は地元自治体が所持することとした河川切図です。
 当時の亀井田村役場に保存されていたもので、明治31年から測量が始まり、明治33年に完成。旧亀井田村付近の最上川を描いた縮尺1200分の1の地図47枚と、近くを流れる支流の横断面図、治水施設の構造図などから成っています。
 本図は、この地域における5万分の1地形図の作成(「尾花沢」明治34年発行)とほぼ同じ時期に、全国ネットである三角網を利用し、近代的な測量方法(三角測量)により作成された最初の地図の一つである可能性があると注目されている河川地図で、当時の河川状況がわかる貴重な史料です。

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〒999-4112 山形県北村山郡大石田町緑町1番地
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