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おおいしだものがたり 第二十九話 乘舩寺の開山と本尊について

更新日:2016年3月25日

1.さかのぼる乘舩寺の開山年代

 町内愛宕町地内の大石山乘舩寺は、これまで明蓮社光誉運冏上人により関ケ原の戦いの4年前にあたる慶長元年(1596年)に開山されたと伝えられていました。ところが、「名越派源流志」及び「増上寺寺院由緒書」(この2つの史料は、いわき市の宗教史研究家佐藤孝徳氏のご教示によります)、そして乘舩寺の元禄年間の古文書と3つの史料により、開山年代については、3つとも天文年間(1551年以前)と記録されているということがわかりました。乘舩寺開山は、これによりこれまでの通説であった慶長元年から一挙に約50年もさかのぼる可能性が出てきました。
 3つの史料では、「最上出羽守藩臣」である「大葉内記高友」が開基(スポンサー)となり、事情があったので明蓮社光誉運冏上人を師として招待し開山させ、9年間乘舩寺住職となり、その後仙台の成覚寺に移り、永禄5年(1562年)10月15日に示寂(死去)したとあります。永禄5年に運冏上人が示寂したとすれば、これまでの慶長元年開山説は成立せず、乘舩寺の開山は室町末期となり、50年近く古くなります。
 それでは、なぜ慶長期に開山と伝承されてきたかについては、乘舩寺では慶長元年よりも前に何らかの事情で開山年代を示す史料が失われ、しかも大石田の町づくりを計画・実行させた人物が最上義光であり、大石田を隆盛に導いたその時期がちょうどその時期にあたることから、慶長元年を開山年代にしたためと考えられます。

2.年代が一致した本堂安置の木造阿弥陀如来坐像(本尊、町指定有形文化財)

 乘舩寺本尊は、室町時代後期の作とみられ、乘舩寺の創建以来の本尊像と伝えられていますが、これまで開山が慶長元年とされていたため本尊制作年代と開山年代が一致せず、疑問点として指摘されていました。今回の3つの史料により、本尊の制作年代と開山年代が一致し、正しく乘舩寺本尊は創建以来の本尊像との伝承が裏付けられたことになり、大石田の歴史にとって大きな意義のある仏像となりました。

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