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大石田町
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おおいしだものがたり 第四十二話 盲(めくら)の琵琶法師(びわほうし)が大石田を救った伝説について

更新日:2016年3月25日

 今からおよそ200年前に、人見寧(蕉雨)が著した『黒甜瑣語(こくてんさご)』という本に、彼の友人館生(かんせい)の親が大石田を通ったとき、森の明神(みょうじん)の祭りに遠近から多くの参詣人があったので、その祭神の由来を聞いたことが記されており、興味深い内容なので紹介します。

 むかし米沢からここを通る琵琶法師がいた。山中で出会ったある老人が、彼の背負った琵琶を見て1曲所望した。法師も休息したかったところなので、道脇の岩に坐って地神経(じしんきょう)を弾いて聞かせた。老人は感に堪えず、また3、4曲を弾かせた。弾き終ると老人は、あまり面白かったからお礼だといって、今宵大石田を通っても決して泊るなと教えた。法師がそのわけを尋ねると、老人は、私は向うの洞(ほら)に年久しく住んでいたが、今宵この洞から出る。そのとき必ず山崩れ谷埋まって大石田の村も崩れてしまうだろう。しかし決して他言するな。もし話したらお前も安穏ではないぞと言って別れた。
 法師は、「私はいやしい盲人の身ではあるが、この世にあっても甲斐ない。大勢の人命に関することを聞いて、救えるものならお知らせしなくては」と考え、急いで村に行ってこのことを告げた。村中はこれを聞いて肝をつぶし、洞の中の大蛇が竜になって昇天するのだろう、どうせ死ぬ我々の命なのだから、こちらから出かけて退治してやろうと、近村から多くの人を雇いその洞穴に至り、洞の口に焚草を山のように積み上げて鬨(とき)の声を合せて火をつけたところ、折しも山嵐吹きしいたので、竜は焼けてしまったらしい。
 さて、あの盲人は村中で救わなくてはと、唐櫃(からびつ)に隠し、三重四重に掩(おお)って竜退治に出かけて行ったが、帰ってみると無残にも、この法師の身体は段々(さださだ)に裂かれて死んでいた。一郷の命の親というわけで、それから明神に祭ったという。
(大林太良「口承文芸と民俗芸能」『日本民俗文化体系7 演者と観客』(小学館)による、部分要約)

 この伝説は、故大林東京大学教授によれば「遊歴の芸人たちがそのお得意先の地域社会に、単なる芸の売買という以上の深いつながりをもっていたことを示して」おり、「極端な場合には、一身を犠牲にしても、その地域社会のためになろうとし、また地域社会のほうでも、この命の親の琵琶法師を明神として祀って恩に報いた」とその意義を解釈しています(前掲書所収)。
 現在、この伝説にある「森の明神」の所在は不明で、この伝説そのものも語り継がれていません。今から200年以上前の本から、大石田にこのような興味深い伝説があったことがわかります。

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