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大石田町
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おおいしだものがたり 第五十八話 珍しい江戸中期の高札について

更新日:2016年3月25日

 今宿の善翁寺に、今から294年前の正徳元年(1711年)5月に高さ37.2センチメートル、幅131.5センチメートルで、「出羽国 村山郡 大石田村」という裏書がある立派な高札があります(写真参照)。

 この高札は、普通「親子・博奕・忠孝等定高札」と呼ばれ、数度にわたる改正により内容が整備され、六代将軍徳川家宣の最初の改元の際に書き替えられて交付されたものであり、そののち明治維新に至るまで掲げられました。この高札は「大高札」と呼ばれ、親子及び忠孝・キリシタン・毒薬・駄賃(貫目)・火付(火事場)の5枚の高札が基本的なものでした。しかし、これ以外の高札としては明和7年(1770年)の「強訴・徒党・逃散」、天保14年(1843年)の「浪人・侍合力」、そして「百姓門訴制禁」及び「虚無僧修行」の掛札もありました。

 この高札では、第1条では親子・兄弟・夫婦をはじめ親類に至るまで親しく、奉公人等に至るまで憐れみ、奉公人はその仕事に精を出すこと。第2条では怠ることなく家業を専らにし、万事その立場に過ぎたることはしないこと。第3条では偽りごとをしたり無理なことを強いて、人の害にならないようにせよ。第4条では博打の類は、一切禁止。第5条では喧嘩口論を慎み、それがあった場合には出会わないようにし、傷を負った者を隠し置かないこと。第6条では鉄砲をみだりに撃たず、その違反者は申し出ること。第7条では盗賊や悪党の類があるときは申し出よ。第8条では死罪になるものがあるときには、馳せ集まらないこと。第9条では人身売買の禁止と、奉公人の取扱いのことで、末尾にこの内容を守り、背いた者は罪科に行なわれる旨を奉行名により知らせています。

 なお、高札とは、法令・禁令などを板札に墨書し、村の中心など人目につきやすい場所に掲示したもので、「制札」とも呼ばれました。大石田地区の場合、大通りから乘舩寺に至る四辻の所に「高札場」があり、ここに主な高札が掲げられていました(大石田河岸絵図の写真参照)。


正徳元年の高札(表側)


正徳元年の高札(裏側)


町指定文化財『大石田河岸絵図』(東町地区所蔵)に描かれた高札場(橋本付近)

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