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大石田町
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おおいしだものがたり 第八十四話 羽越水害から40年

更新日:2016年3月25日

 今から40年前の昭和42年(1967年)8月28日、山形県南部の集中豪雨は翌29日、30日と最上川の大洪水となって大石田町をおそい、町有史以来の大被害を残しました。この大洪水は、最上川の水源である飯豊、吾妻山系に一昼夜で532ミリメートルという記録的な大雨が降ったために起こったものです。当町ではそれほどの雨が降らなかったにもかかわらず大洪水となったため、町報では「とばっちり水害」と表現されています。

 それ以前の洪水では、今から94年前の大正2年(1913年)の大洪水では6メートル82センチメートル(大橋付近では7メートル38センチメートル)が最高記録でしたが、羽越水害は、6メートル87センチメートルと5センチメートル上回り、まさに「未曾有の大洪水」となりました。今年は、この大洪水から40年になります。堤防が完備した現在では考えられないような大洪水でしたので、当時の町報をもとにこの大洪水が残したものを要約します。

大正2年をこす未曾有の大洪水 羽越豪雨(県南)のトバッチリ

 8月28日から置賜地方に降り続いた豪雨による水が、同日午後5時頃から最上川の増水となり、29日午前3時には警戒水位(3メートル60センチメートル)を突破したので、町役場に「大石田町水害対策本部(高桑町長が本郡長)」を設置し、町水防団員500人を配備して人命に対する危害防止を最重点として警戒態勢に入った。
 しかし、当町では雨も降らず翌朝には晴れたため大洪水を予想する人もなく、県外へ出かけた人もいた。増水を続けた最上川は、29日午前7時には今宿地区に浸水、県道袖崎大石田線、ついで大浦、川前間が不通となった。午後3時には横山下宿地区、大石田四日町、本町地区にも浸水がはじまった。午後4時、大洪水といわれた昭和32年の最高水位を5センチメートル上回る6メートル33センチメートルに達し、なお増水が予想されたため緊急事態のサイレンをならして、四日町地区など増水のはげしい地区に避難命令を出した。
 また水害対策本部では「災害救助法」の適用を申請し、隣接の尾花沢市水防団と神町の自衛隊第六師団に対して救援出動を求めた。午後5時40分に災害救助法の適用が認められ、活発な救助活動が全域にわたり展開された。この頃になると、大橋付近の特殊堤防の未工事分の場所、さらに四日町方面からの逆流で本町通りも1メートル近い浸水で最上川本流と変わりなくなり、横山本郷は坂ノ上地区も含め全域、今宿、豊田、大浦などのほとんどが床上浸水となった。
 午後8時、大正2年の大洪水で記録した6メートル82センチメートルを突破して有史以来の6メートル87センチメートル(大橋付近では7メートル36センチメートル)と最高水位に達した。午後8時から9時までを最高に、午後10時から減水し、30日午後10時に3メートル50センチメートルで警戒水位を割り増水の心配がなくなるまで、実に43時間にわたる濁流とのたたかいが続けられた。
 この大洪水となった豪雨は、「羽越豪雨」と名づけられ永久に記録されることになった。この洪水による大石田町の被害は、直接考えられるものだけで1億6千万円を越すものとみられている。(広報『おおいしだ』昭和42年9月25日 通巻137号を部分要約)


大石田小学校敷地内

 昭和44年8月にも豪雨による大洪水に見舞われましたが、今から28年前の昭和54年(1979年)に、大石田側・横山川全部の特殊堤防が完成し、洪水の心配のない町になりました。

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