このページの先頭ですサイトメニューここから
このページの本文へ移動
大石田町
    Loading



本文ここから

おおいしだものがたり 第百話 「最上川舟運の話」 その14.碁点・三ヶ瀬・隼の三難所3

更新日:2016年3月25日

1.三難所における破船事故(その2)

  • 文久元年(1861年) 新庄領上谷地郷収納米 仁兵衛船350俵 「隼にて」
    樽石・長善寺両村出し積米
    内訳 清米(6俵)、半濡れ米(13俵)、皆濡れ米(314俵)、流失米(17俵)
    皆濡れ米と半濡れ米は地元で売り捌く
    半濡れ米 1分200文、皆濡れ米 1分
    川から拾い上げてくれた人々への謝金
    濡れ米16俵分の売上代金と酒代(銭2貫500文を要求)
  • 元治元年(1864年) 寒河江領御城米250俵 富蔵船 「隼にて」
    内訳 水濡れ米(50俵)
  • 慶応2年(1866年) 谷地郷出し積船 惣吉船 「隼にて」
    瀬懸かり(岩礁に乗り上げ、動けなくなる)

2.大石田近辺における破船事故

  • 寛政3年(1791年) 寺津河岸出し幕府城米 横山村太七船 「折渡瀬にて」
    杭(くい)に引っ掛かり座礁
  • 文化元年(1804年) 左沢出し城米積船 酒田清太郎船260俵 「川前相ヶ瀬にて」
    江戸・大阪廻船
    内訳 半濡れ米(28俵)、皆濡れ米(232俵)
  • 文政13年(1830年) 酒田湊出し上せ荷 酒田舟場次郎吉船 「毒沢川原子瀬にて」
    商荷の流出・水濡れ
    (古手・造塩・石灰・はせ蝋・線香・包丁・紙・繰綿薬種等)
  • 天保11年(1840年) 酒田湊出し上せ荷 酒田源吉船 「黒滝瀬にて」
    商荷174品目(塩引き・薬種・身欠鯡・数ノ子・素麺・古手・砂糖等)
  • 安政3年(1856年) 酒田湊出し上せ荷 酒田一ノ丁勇治船 「大蔵畑瀬にて」
    大石田二藤部兵衛門揚げ荷物(古手・木綿・繰綿・生蝋・布団・砂糖等)
  • 万延元年(1860年) 酒田湊出し上せ荷 酒田留吉船 「小菅瀬にて」
    商荷(古手・繰綿・屏風・生蝋・造塩・かんざし等)

※上記資料は『大石田町史資料編四』『大石田町立歴史民俗資料館史料集・最上川舟運関係史料』より収記記載


川前村下の瀬

執筆者 小山 義雄氏

お問い合わせ

総務課 総務グループ
〒999-4112 山形県北村山郡大石田町緑町1番地
電話:0237-35-2111 ファックス:0237-35-2118

このページの作成担当にメールを送る

本文ここまで


以下フッターです。

大石田町


〒999-4112
山形県北村山郡大石田町緑町1番地
代表電話:0237-35-2111
ファックス:0237-35-2118
Copyright (C) Oishida Town All Rights Reserved.
フッターここまでこのページのトップに戻る