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大石田町
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大石田町産来迎寺在来そば×ブラジルコーヒー 「おSOBAに珈琲」

更新日:2017年5月16日

「おSOBAに珈琲」の試飲を開始しました


来迎寺在来種(そば)とブラジルコーヒーを合わせて抽出した新しい飲み物です。

香り高い来迎寺在来種にコーヒーのやわらかな爽やかさが合わさり、
非常にすっきりとした飲み味に仕上がりました。
そば好きな方にも、そば茶が好きな方にも、コーヒーが好きな方にも満足いただけます。

ブラジルコーヒーと大石田町の深い関係

一見、関係の無さそうな大石田町とブラジルコーヒー。
大石田の香り高い蕎麦「来迎寺在来種」の栽培が広まったのはおよそ100年前。
同じころ、海を渡った2人の日本人にその理由がありました。

共に海を渡った2人の日本人

”ブラジル移民の父”鈴木貞次郎

1905年(明治38年)、大石田出身の鈴木貞次郎は、南米チリに渡るため、横浜から船に乗りました。

同じ船に乗り合わせたのが、水野龍(のちの銀座カフェーパウリスタ初代社長)でした。
水野の目的は、ブラジルで移民導入契約を結ぶこと。

船内で出会った2人は意気投合し、鈴木は行先をブラジルへと変更しました。
ブラジルに着いた鈴木は、水野とともにサンパウロ州の有力者と日本移民導入について交渉します。さらに鈴木は日本移民の見本となるべく、サンパウロ州のコーヒー園で1年間就労しました。

1908年(明治41年)6月23日、第1回の日本契約移民800名を乗せた笠戸丸をサントス港で出迎えたのは、サンパウロ市移民収容所の書記となっていた鈴木貞次郎でした。
その後も鈴木はブラジルで、日本からやってくる移民の世話をするなどして、移民定着の土台を築いていきました。

銀座の名店「カフェーパウリスタ」

日本人移民は、礼儀正しさと社交性でブラジルに好意的に受け入られましたが、言葉の通じない土地で、奴隷の扱いしか知らない農業主のもと多くの困難を強いられます。また、水野自身も移民事業によって大きな赤字を抱えてしまいます。

しかし、移民事業の功績により、サンパウロ州政庁から東洋でのブラジルコーヒーの宣伝販売権を与えられた水野は、1911年(明治44年)、東京銀座にカフェーパウリスタを開業しました。

カフェーパウリスタは、芥川龍之介や斎藤茂吉も愛した名店で、日本の喫茶店文化の発展に多大な影響を与え、銀座での過ごし方「銀ブラ」という言葉を生むきっかけとなったとも言われる名店です。

そばコーヒー 「おSOBAに珈琲」

2017年、100年の時を越え、大石田でこの2者が再会し、新しいブレンドコーヒーが誕生しました。

来迎寺在来種にオリジナルの焙煎を加え、カフェーパウリスタ担当者が厳選したブラジルコーヒー豆とオリジナルブレンド。

蕎麦と珈琲、お互いの香りを邪魔せず引き立てあう、そばブレンドコーヒーの逸品です。

町内店舗での試飲を開始しました

10月末の発売に向け、町内そば街道加盟取組店13店、喫茶トトロ、あったまりランド深堀にて試飲を行っています。是非お試しください。
※提供期間、提供方法は店舗により異なります。提供店舗では、そばコーヒーをお出し出来るときに店先にのぼりを立てています。

取組店舗一覧

  • 喫茶 トトロ
  • 七兵衛そば
  • そば座敷 平吉
  • そば切り 源四郎
  • 手打次年子そば
  • わらぐちそば
  • そば吉峰
  • 蕎麦屋まんきち
  • そば処 ふうりゅう
  • おそば 美登利
  • そば処 善之助
  • 来迎寺そばや 作兵衛
  • 手打ち大石田そば きよ
  • 蕎麦処 若佐
  • あったまりランド深堀




お問い合わせ

まちづくり推進課 政策推進グループ
〒999-4112 山形県北村山郡大石田町緑町1番地
電話:0237-35-2111 ファックス:0237-35-2118

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