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おおいしだものがたり 第百三話 「最上川舟運の話」 その17.三難所通船の安全対策

更新日:2016年3月22日

三難所を無事通過させるための安全対策(3)

その9.破船の際の「火事場泥棒」の警戒用として、「御紋付高張提灯」「御紋付弓張提灯」を掲げ、「御紋付法被」を着用する

 文化元年(1804年)、三難所の破船事故処理の任務を直接担当する富並村の庄屋寺崎永蔵は、新庄藩の横山代官に下記の願書を提出しています(『北村山郡史上巻』)。
 「去る冬、上谷地郷の米積船が隼ノ瀬で破船した時、富並以外の他領の村々からも小船を乗り出して来て、事故現場に寄り付き、手伝いの振りをして米を掠め取る不審なる者も現われた。事故処理が夜半にまでかかることがしばしばである。現場において紛らわしい者と富並領内の者とを識別するために、現場の照明器具や法被はぜひ必要である。」として願い出たものです。武石甚右衛門横山代官は直ちに許可を与えています。
 三難所は富並村の一部であるため、難破した船だけでなく、破船の積荷の管理まで庄屋に責任を課せられておりました。また、村人には破船救助の義務が課せられ、大変な労役でありましたが、一方、その働きが大事な収入源にもなっていたとも言います。

その10.川流れ荷物を拾ったら届けること

 破船事故が起これば、現場付近には直ちに助け舟を出し、救助活動が義務付けられ、その場で積み荷物や舟道具を収集することになっていました。しかし、中には遠くまで流される物品もでてきます。遠くの川岸の村々でも、拾い揚げた場合は、庄屋を通して所管の代官所に届けることが、厳しく義務付けられていました。
 但し、その場合「浮荷物ハ三十分一」「沈荷物ハ二十分一」を拾い揚げた者に与えることになっていました(大石田「神部節子氏文書『定』」 正徳2年)。

その11.わざと舟を難破させた場合は重罪とする

 船頭とその所の村々の人々と申し合わせ「偽装破船」を企て、流失物を獲得したり、現場で売りさばく安売り濡れ米を狙ったりすることが度々あったようです。
 そのようなわざとの破船行為を行った場合は、船頭は勿論、それに関わった者は残らず重罰にするという掟(おきて)でした(上渇同 「神部節子氏文書」)。

その12.追い越し禁止

 延享年間に川船の通船規約を定めましたが、年を経るに従ってまた不都合を生じるに至り、安永8年(1779年)には、尾花沢代官が細密な掟を定め、犯すものに対する罰則も設けました。
 この時に定めた規約には、酒田から上郷船町に上るには通常23日間、大石田までは13日間とし、船と船の間隔は30間以上とし、追越し、日数の短縮などは事故の大きな要因となるため、原則として認めないこととしました。但し、安全第一ですから、天候状況によって所要日数は大きく変わることは申すまでもありません。


碁点の瀬

執筆者 小山 義雄氏

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