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大石田町
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おおいしだものがたり 第百五十二話 惣町(そうまち)大石田7

更新日:2016年3月22日

惣町大石田

5.俗信(2)

 他に宗教的なものとして、色々な行事や寺社に対する寄付行為があった。湯立または湯の花とは、神の前の大釜で湯を沸かし、巫女や山伏がその熱湯を笹の葉にひたし、自分のからだや参列者にふりかける儀式であり、古くは神意をうかがう方法であったが、後には湯は清め払う力があると考えられ、舞と結ばれて芸能化をされた。安永三年愛宕堂祭りの日、例年のとおり丹生村より千手院が湯立てにきて、ほかに役者が二人もきて、山神舞などさまざまと演じたので礼として二百文つかわしている。時代は下るが天保15年に惣町として次のように湯立に支出している。

 3月3日渡し 一、500文 井出湯の花
 3月18日 一、500文 秋葉山湯の花
 3月22日 一、500文 新町観音湯の花
 6月24日 一、500文 愛宕山湯の花
 7月17日 一、500文 四日町観世音湯の花

 湯殿山代参は何時から始まったのかわからないが毎年一貫文をもって来迎院が惣町の代参をしている。町の人々が三山参りをする場合は来迎院がガイドをし安養院(来迎院の本山)を宿泊所とした。

また毎年のように方々の神社から初穂とか勧化などという名で寄付つのりにやってきた。初穂とは本来その年の最初に収穫した野菜や穀物を、神仏や朝廷へ奉納することであったが、後には金銭を奉納する意味に変わってしまったといわれる。町にくる代表的なのは一万度初穂である。江戸時代に伊勢神宮の御師おしおしという者が年の暮れになると惣町の家々を回ってお礼をくばる。そのかわりに銭をもらってあるく。お礼と銭は「一万度はらい箱」に入れておく。一万度とは神の前で一万回はらいの言葉をのべたものという意味である。

安永3年の記録によると、今までは各家各々からもらっていたが、今年からは年番方と相談し、惣町で一括して一貫文を支払うようにしている。ほかに勧化という金銭奉納もあった。勧化とは寺社の建立や修理にあたり信者から寄付を受けることである。この場合も惣町一括支出している。次のものは文政年間の支出である。10の寺社を数える。

鳥海山500文 宝鐘院200文 行蔵院100文
勢至堂100文 住古庵200文 大行院100文
安養院100文 湯殿山行者100文 明春院100文
虚空蔵100文

 宝暦14年3月、弁才天社が最上川原にあったが宝暦7年の洪水により河原がかわり、そのため来迎院に遷宮した。この度神のお告げがあり、社を元の所に移すべきであると組頭又左衛門から申し出があった。惣町ではこれをとり上げ実行することとした。ところが現在は川の瀬がかわり大石田領分であった弁才天の地所が川向かいの横山にあって、横山の人が小作している。このままにしておいたら、横山の領地になるかもしれない。そこで3人の山伏から願いでたこととし、移転の願書提出がなされた。3月15日町役人が又左衛門宅に寄り合い、そのための費用は役人各人が持つこととし、再建のための小材木などを運ぶために、横山村庄屋寺崎仁右衛門へ使いを出し、作業道通行の許可をうけた。同月18日役人が古社の見分に行ったのだが、その場所があまりに遠いので下瀬の向いに弁才天を建てることとした。

執筆者 清水 助太郎氏

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