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おおいしだものがたり 第百二十二話 「最上川舟運の話」 その36.幕府の直差配と船方役所の配置(4)

更新日:2016年3月25日

幕府直差配の背景

6.うち続く大凶作により、穀物など食料関係や商業用農作物を津留めしたため、船仕事が激減する

 天明3年(1783年)・同4年など大凶作を理由に、村山地方の総代名主・大庄屋が連名で「米やその他の穀物及び食物を一切最上地方や庄内地方に川下げをしない事」という決まりを作り、「口留め番所」を設けて荷物を厳しく取締った。
 さらに、天明3年、寒河江代官所に対しては冥加金の免除を願い出た。その結果、230両の金高のうち半額の115両が免除となった。天明4年も免除を柴橋代官所に願い出たが取上げられず、差配人は江戸へ出府して直接幕府に願い出たところ、昨年同様の半額(115両)の免除が認められた。
 「凶作に続ニテ、御冥加金ノ内、年々免除願」
 「天明五年、翌六年モ悪作ニテ穀留メ」
という有様で、船持にとっては仕事にならないといった具合であった。
 そこで、天明7年9月、直轄領三代官支配下の船持総代10人を代表して、長崎村の嘉兵衛・楯西村の善蔵・大石田本町の六右衛門が、各代官所に対しこれまでの入札冥加金による請負差配のやり方には無理があり、新たな仕組みで舟運を行うべきであると建議を行っている。(『大石田町史 上巻』)

7.川船会差配人及び最上(村山地域)の惣商人が幕府に直差配を請願建議する

 最上川流域には幕府の領地が広大に存在し、そこから上がる貢租米を江戸や大坂に廻米し、江戸市民の生活を支えなければならない。そのことに支障があるとすればほっておけない問題である
 これまでの川船の入札請負差配のやり方では対応ができなくなったとして、川船会所の差配人が幕府の御普請役や尾花沢代官所にたびたび実態の調査を求めたり、建議を行ったりしてきている。
 寛政3年10月、最上惣船持が鈴木喜左衛門尾花沢代官所に出頭し、願書を提出した惣商人とは、柏倉領・長瀞領・漆山領・土浦領・織田領・秋元領・寒河江領・柴橋領等の惣商人である。大石田商人では、四日町の兵右衛門・長兵衛・金十郎、本町の安太郎・常五郎・惣兵衛、大石田村の儀兵衛・久蔵・作右衛門であった。
(『大石田町誌・史料編』所収「尾花沢御役所より最上船持エ御尋ニ付奉申上候書付」寛政三年十月 二藤部家文書)
 この願書によると、商人の困窮、減船の根本的な理由、入札請負による川船差配の欠陥等々、その問題の解決策は「幕府ノ御直差配」しかないとして、以下の具体策を建議している。


舟役所のあったところ

執筆者 小山 義雄氏

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