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大石田町
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おおいしだものがたり 第五十二話 謎の俳集「梅の笑」について

更新日:2016年3月25日

 江戸時代、京都の出版元として知られていた橘屋冶兵衛(たちばなやじへい)の出版目録の中に、今から200年以上前に大石田の俳人・土屋只狂(しきょう)が編集・発行した本『梅の笑』という名の俳集があると記されています。ところが、全国の俳諧関係資料を紹介した刊行物には、この本のことが一切紹介されておらず、国内の出版書籍が網羅されている『図書総目録』にもこの本の紹介がないため、これまで謎の俳集とされていました。

 このほど、町立歴史民俗資料館が展示資料を借用するため、神奈川県平塚市の土屋喬氏(町内新町出身)宅を訪問したところ、藤色の表紙に「梅の笑」と題された木版本の俳集を見ることができました。奥書がないものの序文は紛れもなく土屋只狂で、明和4年(1767年)に当時只狂の俳友であった林崎(村山市)の坂部壷中(こちゅう)の「卒順」つまり還暦を祝って県内外の俳人たちが寄せた連句や発句を収録した俳集であることがわかりました。

 冒頭に美濃派(芭蕉の弟子各務支考(かがみしこう)が広めた流派)4世宗匠である田中五筑坊(ごちくぼう)(後年「五竹坊」と俳号を改称)の祝詞と発句。続いて土屋只狂の「小序」と発句があり、只狂発句、壷中脇句、山形の風後(ふうご)(後に「風五」)、尾花沢の素州(そしゅう)と惟中(いちゅう)の5吟の短歌行(たんかこう)、次に美濃派5世宗匠である安田以哉坊(いさいぼう)の祝詞と発句、そして交流のあった庄内、新庄、米沢、最上(村山地方の古名)、矢島(秋田県)等県内外21連(社中)150人ほどの俳人が収録され、末尾に壷中の謝辞と発句が記されており、壷中の俳諧交友の広さを物語っています。

 上梓(出版)した俳集としては、これまで明和6年(1769年)の『もがみ川集』が最古でしたが、この俳集の発見により、大石田町で最も古い俳集が『梅の笑』であることがわかりました。また、18世紀半ば頃の村山地方で、代表的な俳諧指導者であった坂部壷中の還暦記念俳集の編集に土屋只狂が任され、中心となり発行したことから、只狂は当時村山地方でも有力な俳人であったことが推測されます。そして、この俳集上梓が、只狂の代表的な俳集『もがみ川集』の編纂(へんさん)に弾みをつけることになったと考えられます。以上のことから、土屋只狂編『梅の笑』は大石田町の文化史上、貴重な資料として注目されます。

 なお、この『梅の笑』は、7月4日(日曜)から町立歴史民俗資料館で開催される企画展「最上川に誘われた俳人展」で、初公開される予定です。

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