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大石田町
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おおいしだものがたり 第五十四話 文豪大町桂月(おおまちけいげつ)と大石田

更新日:2016年3月25日

 明治の文豪として名高い大町桂月が大石田に来町したのは、今から95年前の明治42年夏頃(日時不詳)のことでした。来町の目的は、最上川の舟遊びをするためでした。桂月らは、大石田から乗船し、最上川を舟遊びし、町内黒滝に上陸し、この地方きっての古刹である曹洞宗の黒瀧山向川寺に参拝しています。

 その折に、向川寺で桂月が扇面(個人蔵、写真参照)に揮毫(きごう)した俳句が、「古寺の」です。この扇面の句は推敲の跡が見られ、はじめ「古寺の 僧も老いたり 蝉の声」と詠んだのを、「古寺の 僧老いにたり 蝉の声」と改作しています。続いて奥書があり、「向川寺にて」と揮毫した場所を明らかにし、末尾に「桂月」と自署しています。

 ところで、この扇面の右端に為書(ためがき)があり、「為新関市長」と記されています。この人物は当時の山形市長新関善八のことを指しているものと思われ、最初から新関市長に贈呈する意図で、この扇面が書かれたものであることが推測されます。

 その紀行をまとめたものが、同年に発表された随筆「遊羽雑感(ゆううざっかん)」です。この中で「余(桂月)は翁(芭蕉)の『五月雨を集めて早し最上川』の句を愛す。山形人士の舟遊に伴はれて最上川に遊びしに、人あり、水に臨める、宏壮なる家を指して曰く、芭蕉翁(中略)の筆蹟、今なほ存すと。」(『桂月全集』による)とあります。「山形人士」とは、前述した新関山形市長等のことです。
 この扇面は、明治末期に大町桂月が来町したことを示す貴重な資料として注目されています。

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