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おおいしだものがたり 第六十七話 入植60周年を迎えた新山寺地区

更新日:2016年3月25日

 終戦に伴う復員者など希望者36戸が、昭和20年10月18日に開墾地として現在の新山寺に入植してから、昨年で60周年を迎えました。入植の年は、宅地予定地を確保したものの住宅建設が困難だったので、冬季間はそれぞれの出身地等で過ごし、本格的な開墾を開始したのは、翌21年のことでした(以下「新山寺入植五十年記念誌『わが村は美しく』」による)。ここでは新山寺地区開拓の10年を紹介します。

 昭和21年5月、最上川耕地区画整理組合から一軒あたり20アール(2反歩)の水田を借り受け、初めて稲の作付けが行われました。しかし、土壌は酸性が強い上、栄養分が乏しく満足な肥料も確保できなかったため、「実際に収穫した収量は2俵半程度で、米質も良くなかった。昭和22年から、西瓜や菜種、大豆などが作られた。」と、同地区の井上三郎氏は当時を振り返っています。住宅を建てて本格的な開墾が始まり、昭和21年11月には電気が通りました。

 昭和22年7月1日には新山寺開拓者農事実行組合を設立したほか、この年に新山寺入植記念碑の建立が計画されました。翌昭和23年7月28日、山形県知事から新山寺開拓農業協同組合設立の認可を受け、地区全体が農業生産法人として役割を果たすことになりました。また、田沢小学校の冬季間の分教場として、新山寺分教場が11月から設置されました(児童数13名)。この年から開墾の記録があり、次のとおりです。

開墾の記録
年号 開田面積 開畑面積 合計 備考
昭和23年 5.5 2.0 7.5  
昭和24年 9.5 3.0 12.5  
昭和25年 10.1 3.6 13.7  
昭和26年 20.4 5.0 25.4  
昭和27年 3.3 4.5 7.8 開墾完了
合計 48.8 18.1 66.9  

 この間、昭和26年には、長峯地区を抽選で平等に配分。同年に赤石発電所(元、村山市袖崎地内にあった)と揚水場の買収に伴い、新山寺地区に白金地区、高玉地区(現在、村山市袖崎地内)が合併し、反別を増やそうという者もこれに加え、強力な単位組合として「最上川農業協同組合」を発足し、11月28日に山形県知事から認可されました。

 その後、開田地の内10ヘクタールが高位置なため灌漑できずに畑となっていましたが、昭和29年からは灌漑できるようになり、昭和30年11月に新山寺地区から初の一等米を記録しました。

 開拓地域(開拓農業協同組合)としては、昭和36年2月現在で、田沢(8戸)、岩ケ袋(12戸)、白鷺(40戸)、鷹巣(8戸)、川前(5戸)、駒籠(4戸)などがあります(山形県農地開拓課編『開拓地営農実績調査』による。白金地区は最上川農業協同組合に含まれる)。なお、白鷺地区開拓の歴史については、大石田町社会科教育研究会編『わたくしたちの郷土』に詳しく紹介されています。


新山寺公民館(昭和33年)

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